高次脳機能障害という言葉

 高次脳機能障害という言葉を聞いてどんなイメージをお持ちでしょうか。
 私は医師として、診断書などを書くときに、とても良く使います。
 これは2006年に、厚生労働省が診断基準を発表し、これに基づいて診断すれば、高次脳機能障害という診断名を、精神障害保健福祉手帳や自立支援医療に使えるからです。健康保険で治療やリハビリテーションも受ける事ができるようになりました。本当にありがたい事です。 それに、何となく響きも良いですね。高次と言うと何となく高級な感じがあります。

 ただ、この言葉にもいくつか注意しなければ行けない点があります。これはあくまで厚生労働省が定義をした、行政的な診断名だという事です。厳密に言うと、高次脳機能という言葉を、人間の高次な脳の働きという意味にとらえるなら、高次脳機能障害は知的障害でも、精神障害でも、認知症にも起こるものです。しかし、厚労省が定義したので、我が国で高次脳機能障害と言うと、脳損傷による、主として認知の障害という事になります。

 脳損傷という言葉が出てきました。これは、人生の途上で、何らかの原因で脳に傷ができることを言います。ですから、米国でも英国でもオーストラリアでも、高次脳機能障害とは言わずに、脳損傷と言います。英語ではbrain injury(ブレイン・インジュリー)と言います。

 先ほども言いましたように、これは厚生労働省が行政的に定義をした診断名なので、急に出てきた新種の病気でもなければ、珍しい病気でもありません。
 脳が損傷すると、体や認知(神経心理学的障害)や精神医学的な症状が出てきます。このうち、特に記憶、注意、遂行機能といった症状は、今までそれだけでは、「障害」と見なされてこなかったのです。確かに見えにくい障害です。今までも、脳の損傷で、体が動かないとか、重度に知能が低下したり、幻覚妄想があれば病気や障害として認められていたのですが、さらに見えにくいところにも光が当たったという事でしょう。

 「バイク事故で、半年休んで、そろそろ会社に戻りたいんだけど、医者からは高次脳機能障害と言われているけど、どう説明したら良いんだ」という質問を良く受けます。「高次脳機能障害です、知りませんか?、では専門家に説明してもらいます」と言うべきでしょうか。
 私は、クライエントには、高次脳機能障害という漠然とした、難しい診断名を告げるより、原因と、主要な、周囲に理解して欲しい症状を、必要に応じて告げるべきではないかと提案します。例えば、「バイクで事故って、頭を打って、3週間意識がなくて良くなったんですが、ちょっと記憶力が落ちたようです。でも、メモをつけたり、携帯を使って忘れない方法をリハビリで勉強しましたので、大丈夫だと思います。」というのはどうでしょうか。
 「高次脳機能障害です。え、知らないんですか。認識不足ですねえ」とか、「病院でもらったパンフレットです。これを読んで勉強してください」という様な言い方は、あまり感心しません。というのも、パンフレットやインターネットの情報には、高次脳機能障害の症状がいっぱい書いてあり、あなたにないものまで書かれていますし、あなたの大事な症状が抜けているかもしれないからです。「自分の症状としては、この2つを言おう」というように準備をして、会社などに行かれると良いのではないでしょうか。
 この名称、便利なところは利用して、不便なところは工夫するというのが正解ではないでしょうか。